五冊目 中原中也詩集
五冊目は中原中也の詩集です!
「山羊の歌」「在りし日の歌」「ランボオ詩集」で有名な中原中也、私が一番に好きな詩人です。
代表作の「汚れつちまつた悲しみに・・・・・・」は最初に知った中原中也の詩で、国語の時間、先生が用意して授業してくれたものでした。汚れつちまつた悲しみにを繰り返し使い、「小雪」、「狐の革裘」など、比喩表現の繊細さが心に沁みました。
また、「倦怠のうちに死を夢む」という内面の心情。
倦怠で「ケダイ」と読むのは、倦怠(けんたい)と懈怠(けたい)を重ねた表現だといわれているようです。
倦怠は飽きること、懈怠は好意を怠けること。
なにも望まず、死を望むでもなく、ただただ死を夢見ている状態・・・
でもそんな「夢見た死」に怖気づいたのか、己の倦怠に怖気づいたのか・・・
そんな中原中也の詩に引き込まれ、ほかの詩も読み始めたのが始まりです。
まず探したのが教科書。もらった日に一応すべて目を通してはいましたが、もう一度じっくりと探しました。そしたら見つけたのが「サーカス」
「幾時代かがありまして」のフレーズで有名なのでしょうか。それとも「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」でしょうか?
幾時代というのは、戦争などあまり楽しくはないことが連想されますね。実際、一連目の幾時代かがありましての後は、「茶色い戦争ありました」という言葉が続いています。
また、幾時代というのは過去で、茶色い戦争や、冬の疾風。その二つは隠喩で、作者の中の苦難や失意を表しているのだと思いました。
空中ブランコの揺れている「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という表現はゆったり、ゆっくりという印象がありますので、作者の心の中で不安定に揺れている何かでしょうか。
こんな時、私にもっと読解力とか、理解力とか、文学への理解というか、あればもっといい表現というか、理解できるのでしょうが・・・
こんなありきたりというか、みなさんがわかるような事しか言えなくてとても申し訳ないです。
私の説明では、全然伝わっていない気がしますが、中原中也は、本当に魅力的な詩人なんです。皆さん是非、中原中也を読んでみて下さい!
(ちなみに私は当時ハマっていた文豪ストレイドッグスのカバーの本を買っていますが、アマゾンのkindleで読めるので是非是非!)